古代にもいた「商社マン」の営業力―古代ギリシアと商売人

酒神ディオニュソスを抱えるヘルメス像(筆者撮影/オリンピア考古学博物館)

古代ギリシャにおける感染病との闘いを描き、読者の皆さまをはじめ幅広い方々から反響をいただいた連載『歴史から読み解く人類VS病原体の死闘-古代ギリシアと医療・病気』の執筆者・遠藤昂志がご期待に応えて再び現代と古代ギリシャをつなぐ連載を発表!

『古代ギリシアと国際貿易』と題した全3回の新シリーズ、第2回は「古代にもいた「商社マン」の営業力―古代ギリシアと商売人」と題して、海外に目を向け、国際貿易に活路を見出した古代の「商社マン」の活躍に焦点をあてて解説します。

第1回「古代にもあったサプライチェーン―古代ギリシアと水平分業」はこちらから!


日本を代表する百貨店・三越の店先には、羽の付いた帽子を被り、これまた羽の付いた杖を持った青年の裸像が立っていることが多いように思われます。その像はギリシア神話の神「ヘルメス」であり、彼は神々の世界においては伝令の役目を担うと信じられていました。では、なぜ神々の伝令の像を、三越はモニュメントとして採用したのでしょうか?それは、ヘルメスは商業の神でもあったからです。神話では、ヘルメスは自ら発明した竪琴を交換に出すことで、代わりに牛を入手しています。非常に原始的な取引ですが、これも歴とした商取引です。神々が「必要物資の交換」という概念を創造したことで、人類に商業や貿易の道が拓かれた、というわけですね。
第二部では、地中海世界を飛び回り、ヘルメスの創始した商取引を存分に活用していた、古代のビジネスマンたちにスポットライトを当ててみたいと思います。

◆古代世界に商売人はどれほどいたのか?

古代ギリシアにおいて富を生み出す大原則は「土地」であり、伝統的に農民が優位な社会でした。エリート=土地所有者である市民というのが古代世界の基本で、商売人を見下し侮蔑する風潮さえあったほどです。古代世界では領土紛争が頻発していましたが、耕作地の拡大が富に直結する以上、領土拡大は分かりやすい成長戦略であったと言えます。
では、皆が皆畑仕事に従事していたかというと、そういうわけではありません。例えば、紀元前5世紀末以降アッティカ地方の土地の85%は、全人口の3分の1に握られていました(*1) 。一方で、残りの3分の2の人々は、非常に限られた土地しか持っていないか、そもそも土地を所有していませんでした。法的に土地所有を許されていたのはその国の市民だけであり、在留外国人は基本的には土地を持つことはできませんでした。多くの人々が農業以外で生計を立てなければならない状況に陥っていたのです。
では、どのような仕事をしていたのでしょうか?無論、現代の考古学博物館を彩る壺絵や彫像といった職人技を極める者もいたでしょうが、果てしない海に目を向け、国際貿易に従事する人々も多く存在していました。海上交易はリスクが高い分、リターンも大きいので、一攫千金を目指して多くの人々がエーゲ海に繰り出したことでしょう。関税を通して国庫を潤わすことができたので、国家としても輸出入を奨励していました。ここに、商業の発展と国力の増大が紐づき始めたのです。

◆営業力でのし上がる古代の「商社マン」たち

第一部で紹介したアマストリスという都市国家の例からも明らかなように、古代各国はリソースを得意分野に集中させ、国際市場で競争力の高い商材を生み出すことに苦心していました。自国に強力な商品を有する商売人は多少有利だったでしょうが、例え自国の商材が強くなくても、腕前次第で稼ぐことができたようです。彼らは卸売市場”ἐμπόριον(エンポリオン)”で他国の魅力的な商材を買い付け、需要の高そうな地域へとそれを輸出し、手数料を乗せた上で顧客(小売業者や製造業者)へ売り捌くことができたのです。言わば、古代の「商社マン」ですね。
例えば、アイギナという都市国家は、自国に有用な資源がありませんでしたが、海上貿易に強い「商社マン」たちの尽力によって、古代ギリシア世界(アルカイック期)随一の経済大国に登り詰めることができました。小アジア南部にある都市ファセリスも、木材という戦略的商材は保有していたものの、経済面で存在感を発揮できたのは、自国の「商社マン」たちの営業力が卓越していたからです(*2)。かつて、日本の総合電機業界では「技術のソニー」「販売の松下(現:パナソニック)」と代表的2社の社風を簡潔に言い表していましたが、上記のアイギナやファセリスは、パナソニックと同様に「販売のアイギナ」「販売のファセリス」だったわけですね。(ちょっと違うかもしれませんが…笑)

アイギナ島(現:エギナ島)の浜辺(筆者撮影)

ちなみに、古代世界の商習慣では、商取引契約の法的拘束力は、その契約が取り交わされた国にのみ依存しており、目的地や仲介業者の国がどこであろうと関係ありませんでした(紀元前4世紀頃のアテナイでは、例え他国で結ばれた契約であっても、アテナイを目的地とするなら法的拘束力を持っていましたが、これは当時革新的でした(*3) )。仲介する商売人がどこの誰であろうと、取引相手は気にすることがなかったので、これも古代の「商社マン」を後押しした一因かもしれません。

◆需要と供給を見極める嗅覚 ――少しでも利益を出す!

古代に限らず、商売の基本は「需要と供給」です。市場の求める商材を、需要が旺盛な地域で売れば、高く売れるし数も出るしで、至れり尽くせりです。仕入れもそうですが、どこで売るか、という選択は、仲介業者の利益に直結する非常に重要な要素でした。
ここで、1つの面白い碑文を紹介したいと思います。この碑文には、オリーブの不作に悩むアテナイ人を救った商売人について書き刻まれていますが、「需要の一番強い地域で売る」という、古代の商売人の臨機応変さが垣間見える史料となっています。

黒海に輸出し、(その輸出の売上金で)[穀物を](購入して)ペイライエウスへの帰り荷に積むために、1,500メトレータスのオリーブオイルを[購入したが]、我々の都市に滞在している時、この地の不作のためにオリーブオイルが非常に不足していることを知り、(中略)購入していたオリーブオイルを[アテナイの卸売市場へ]輸入した(*4) 。(筆者翻訳)

碑文が欠落しているので名前は不明ですが、ここで言及されている商売人は、当初はオリーブオイルをアテナイで売るつもりは無く、ギリシアから遠く離れた黒海周辺の都市で売り捌くつもりでした。オリーブオイル輸出で利益を上げた後、彼はその資金を使って黒海の穀物を買い付け、それを更にアテナイに輸入して販売しようとしていました。アテナイは穀物の供給を輸入に頼り切りだった(食料自給率の低い日本みたいですね)ので、高値で売れることが想定できたからです。
しかし、アテナイでオリーブオイルの需要が非常に高いことを知ると、その方針を転換し、アテナイに直接オリーブオイルを供給することに決めたのです。アテナイはオリーブ欠乏状態ですから、少々高値でも大量に買ってくれる上に、黒海までの航海リスクや輸送費を削減することができます。商売人の行動は善意であるとして碑文に刻まれているのでしょうが、その実、利益率を重視した行動であったと言えます。黒海で取引するという当初の契約は不履行となるでしょうが、彼の貿易に資金提供した投資家に充分な利益還元ができれば、訴訟は起きないことでしょう。

このように、古代の「商社マン」たちは、需要と供給を見極め、ある程度自由に利益追求をすることができました。自ら資源を持たなくとも、需要と供給のルールに則り、仕入れと販売で膨大な利益を上げることができたのです。だからこそ、彼らは利益を求めてどこへでも行くので、地中海世界中にあらゆる需給ネットワークを張り巡らせることができたのです。(無論、国によっては輸出入禁止商材や、転売禁止の法律等があり、例外はありましたが)
そんな彼らが利益を上げるためには、最初に商材を仕入れるための資金が必要です。元々土地所有者か何かで、お金を潤沢に持っている家系なら問題無いでしょうが、商材を多く仕入れるほどのお金が無い人は、どうやって起業すればいいでしょうか?
次回は、古代の資金調達について、解説したいと思います。

[注]

(*1) Alain Bresson, The Making of the Ancient Greek Economy: Institutions, Markets, and Growth in the City-states, Princeton Univ Pr, 2015, p143
(*2) Alain Bresson, The Making of the Ancient Greek Economy: Institutions, Markets, and Growth in the City-states, Princeton Univ Pr, 2015, p376-377
(*3) Pseudo-Demosthenes, Against Zenothemis 32.1
(*4) IG, Ⅱ3 1, 1315. ()は補足情報であり、[]はIGでは確認できない復元案(Gauthier 1982)。尚、ペイライエウスはアテナイの港町の名前で、メトレータスは液体の単位。1,500メトレータスは約59,000リットル。

 

遠藤 昂志

遠藤 昂志

1993年千葉県生まれ。法政大学国際文化学部卒。日本ギリシャ協会会員。古代史研究会会員。現在は大手メーカーに在籍。ギリシア神話をテーマとしたゲーム “God of War”シリーズの影響でギリシアが好きになり、古典ギリシア語・現代ギリシア語を独学で学ぶ。京都大学大学院にて開催の古代ギリシア碑文・弁論の研究会に参加中。日本ギリシャ協会の会報誌においては、ギリシア神話の神々についての解説記事を連載中。ギリシア語教室エリニカでは、ニコス・カザンザキス作品の翻訳活動に参加中。

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