古代にもあったサプライチェーン―古代ギリシアと水平分業

古代の経済大国コリントスにあったアポロン神殿(筆者撮影/古代コリントス遺跡)

古代ギリシャにおける感染病との闘いを描き、読者の皆さまをはじめ幅広い方々から反響をいただいた連載『歴史から読み解く人類VS病原体の死闘-古代ギリシアと医療・病気』の執筆者・遠藤昂志がご期待に応えて再び現代と古代ギリシャをつなぐ連載を発表!

『古代ギリシアと国際貿易』と題した全3回の新シリーズ、第1回は「古代にもあったサプライチェーン―古代ギリシアと水平分業」と題して、水平分業が遠く古代ギリシャの時から商業のテーマであった事実をひもときます。


新型コロナウィルスによるパンデミックで、急速に「サプライチェーン」の見直しが進んでいます。サプライチェーンという語は、新語時事用語辞典では「商品が消費者に届くまでの原料調達から製造、物流、販売といった一連の流れ」と定義されています。グローバル化が加速している昨今では、1つの商品を作って販売するのにも、世界各国の工場や物流を駆使する必要がありますが、この内の1つでも麻痺すると、もはやその商品を供給することはできません。各国のロックダウン等でサプライチェーンが分断されてしまい、商品の製造・販売ができなくなったことを受け、強靭なサプライチェーンを構築する機運が、日々高まっています。

さて、ここまでで1点訂正があります。サプライチェーン問題として、「グローバル化が加速している昨今では…」と言いましたが、これは誤りです。グローバルなサプライチェーンは、今から2500年以上昔の古代ギリシアでも、極めて一般的な存在でした。仕事の水平分業、いわゆるBtoB(企業間取引)は、古代でも活況でした。パンデミックによるロックダウンこそ古代には無かったでしょうが、今以上に治安は不安定でしたから、今の我々同様に「供給が止まった…!」と頭を抱えていたギリシア商人もきっといたことでしょう。本稿では、古代ギリシアのサプライチェーンの一端を解説したいと思います。

◆古代ギリシアにおける「水平分業」思想

現代のサプライチェーンの考え方の根本は、18世紀後半の経済学の権威アダム・スミスが説いた「分業による生産性向上」にあると思います (*1) 。彼はピン工場を例に出し、ピンの製造工程を細分化し、それぞれに従業員を割り当てて分業体制を敷くと、生産性が飛躍的に向上すると説きます。国際貿易もこれと同様に、各国が得意分野にリソースを集中し、世界的に分業体制を進めれば、生産性が向上されるというのです。
実を言うと、この言説の原型は、既に古代ギリシアにも存在していました。初めて分業について言及するのは、原子論で名高い哲学者デモクリトスで、彼は資源の分割と生産性の関連性に既に気付いていました(*2) 。哲学者プラトンも、『国家』第二巻にて、分業の生み出す利点について語っています。

「ではどうだろう――1人で多くの仕事をする場合と、1人が1つの仕事だけをする場合とでは、どちらが上手くいくだろうか?」
「1人が1つの仕事をする場合です(*3) 」(藤沢令夫訳)

何でもかんでも自給自足で用意する「自前主義」は、資源の少ないギリシアにおいて通用せず、国際貿易を通してリソースを最適化することが、彼らの至上命題となっていました。プラトンは言います。「国家そのものを、輸入品の必要がまったくないような地域に建設するということは、ほとんど不可能である(*4) 」(藤沢令夫訳)と。少ない資源で、高品質な商材を作るには、国際的なサプライチェーンを構築する以外に道が無かったのです。

◆古代のサプライチェーン事例:織物業

1つの例として、古代の織物業のサプライチェーンを概観してみましょう。織物業で有名なギリシアの都市国家は、ペロポネソス半島にあるコリントスやメガラです。ここで完成品の織物が製造されるわけですが、国際市場で高いシェアを獲得できるほど質の高い織物を作るためには、何かと材料が入用でした(*5) 。(主な必要素材は下記リスト参照)

◆主な織物業輸入リスト
(1) 生地:亜麻、羊毛
(2) 染料:巻貝、サフラン
(3) 媒染剤:ミョウバン

(1) 生地(輸入元:エリス、エジプト、黒海地域、西ギリシア地域、小アジア地域)
まずは織物の生地となる亜麻や羊毛が必要です。亜麻は、ギリシア国内のエリスも生産地として名高いですが、メインサプライヤーはエジプトや黒海でした。黒海のアマストリスという都市は、硬貨のデザインに亜麻を取り入れるほど、国家総出で亜麻ビジネスに力を入れていました。
羊毛については、西ギリシアや小アジアがサプライヤーとなっていましたが、ただの羊毛ではなく、「既に染色済み」であることを売りとし、国際市場に打って出ていたことも明らかになっています。競合と差別化する付加価値ですね。

(2) 染料(輸入元:コリントス湾地域、小アジア地域)
古代の染料は植物や動物が基本となります。特に人気のカラーであった黄色や紫色は、前者は小アジア地域でよく取れるサフラン、後者は巻貝の腺から採取されていました。当時、染料はキーパーツであり、コストも尋常じゃありませんでした。(何せ、鮮やかな色合いを出すのに、1kgにつきサフランは15万個、巻貝は2000個~3000個以上必要でした)
キーパーツは内製化(地産地消)が望ましいですが、そうも言ってられない膨大な量が消費されます。織物業の雄、コリントスと取引するブウリスという小さな都市国家は、巻貝の産地であるコリントス湾に近いとあって、市民の半数以上が巻貝ビジネスに従事していたほどです(*6) 。どこか、大企業とその企業城下町を彷彿とさせますね。横暴なコリントス商人に対し、ブウリス人が「倍返しだ!」と噛み付くこともあったかもしれません。

(3) 媒染剤(輸入元:エジプト、エーゲ海地域、イタリアのリパリ島)
染色するにあたって、媒染剤も忘れてはなりません。媒染剤とは、繊維に染料を固着させるための金属化合物で、丈夫な染色をするために必要不可欠な材料になります。古代ではよくミョウバンが用いられていましたが、これはエジプトやエーゲ海地域、イタリアのリパリ島で多く産出されていたようです。

このように、織物業を営むコリントスやメガラは、各国との商取引無しでは到底商品を製造することはできませんでした。織物業のために国際貿易することは、古代ギリシアでは一般的だったのです。また、製造された織物も、国内で消費されるだけではなく、海外へ輸出されました。輸送費用も馬鹿になりませんから、海に近くすぐ港にアクセスできるコリントスとメガラは非常に有利だったはずです。(内陸の都市は、港に行くまでの陸路も費用に乗りますから、その分単価が高くなり、コスト競争力が落ちます)

染料の巻貝が生息していたコリントス湾(筆者撮影/コリントスのポセイドン通り)

ここまで概観すれば明らかですが、現代ほど複雑ではないとはいえ、古代にも原材料調達から販売までのサプライチェーンが存在していたのです。古代の各国は国際市場で競争力のある戦略商材にリソースを集中させ、輸出で収益を得ようと画策していました。自国の通貨にその戦略商材を刻み込み(上記の亜麻ビジネスにおけるアマストリスの例)、商材の宣伝とブランディングさえしていました。かつて「モノづくり」を誇った日本と何ら変わりありません。地中海世界という国際市場の枠組みの中で、古代の商売人たちは、日々リスク(海上交易は、海賊被害や難破といった、命の危険の連続でした)と闘いながら、サプライチェーンを支えていたのです。

第二部は、その古代の商売人に、少しだけ迫ってみたいと思います。古代ギリシア人たちの仕事風景を想えば、現代の我々との共通点が見付かり、より親近感が生まれるかもしれません。

(注)
1) Smith 1976[1776],vol.1, 7-25
2) バーリ・ゴードン(村井明彦訳)『古代・中世経済学史』晃洋書房, 2018, p9-10
3) プラトン(藤沢令夫訳)『国家(上)』岩波文庫, 1979, p148
4) プラトン(藤沢令夫訳)『国家(上)』岩波文庫, 1979, p150
5) 織物業に関するサプライチェーン情報は全て右記を参照:Alain Bresson, The Making of the Ancient Greek Economy: Institutions, Markets, and Growth in the City-states, Princeton Univ Pr, 2015, p353-360
6) Pausanias 10. 37. 3

 

遠藤 昂志

遠藤 昂志

1993年千葉県生まれ。法政大学国際文化学部卒。日本ギリシャ協会会員。古代史研究会会員。現在は大手メーカーに在籍。ギリシア神話をテーマとしたゲーム “God of War”シリーズの影響でギリシアが好きになり、古典ギリシア語・現代ギリシア語を独学で学ぶ。京都大学大学院にて開催の古代ギリシア碑文・弁論の研究会に参加中。日本ギリシャ協会の会報誌においては、ギリシア神話の神々についての解説記事を連載中。ギリシア語教室エリニカでは、ニコス・カザンザキス作品の翻訳活動に参加中。

scroll to top