【ギリシャ・音楽・歌】第10回:ヤニス・パリオス~すべては愛のために~

(文:永田純子)

クリスマスも近づく12月半ば、皆さまにご紹介するのはギリシャの愛の吟遊詩人、ヤニス・パリオスです。これまでご紹介してきた女性トップ歌手ハリス・アレクシーウや男性トップ歌手ヨルゴス・ダラーラスと同年代に歌手としてのキャリアをスタートし、数え切れないヒット曲を生み出してきた男、ヤニス・パリオスの歌のテーマはただ一つ、「愛」なのです。

パリオスは1946年(昭和21)ギリシャはエーゲ海・キクラデス諸島のひとつパロス島に父ハラランボスと母マルソーの間にヤニス・バルサクーリスとして生まれました。中学校を卒業後、医学の道に進むため自ら「この世で最も愛する場所」と語るパロス島を離れアテネに移り住むことを決意。アテネで当時その名を知られたナイトクラブ・ネライダの真向かいに建つホテル・サロニスのフロントに職を得たその後、著名作詞家ピサゴラス(1930‐1979)と著名作曲家アポストロス・カルダラス(1922‐1990)との運命的な出会いを経て、1969年(昭和44)故郷パロス島からその名を採り、ヤニス・「パリオス」としてレコードデビューを飾ったのです。

1960年代終わりから70年代初めのギリシャの激動の時代にあって、ダラーラスやミキス・テオドラキスといった一流歌手や作曲家たちが暗く苦しい時代を写した歌を発表する中、一貫して「愛」を歌い続けたパリオスはギリシャ歌謡界にあって異質とも言うべき存在かも知れません。しかし、だからこそ、彼の唄う愛の喜び、焼けつくような肉欲、嫉妬、別離の苦しみ、そして後悔の念といった情念は、時代も国も言語も超えて聴く者の感情を揺さぶるのでしょう。歌手としてだけでなく、作曲家としても活躍するそんな彼の血を引いたのか、息子のハリス・バルサクーリスも作曲家・歌手・音楽プロデューサーとして活動しています。

今日は、そんなヤニス・パリオスの魅力を感じていただきたくて、厳選した彼の歌を日本語抄訳つきでご紹介します。あなたの「愛」は、ここにあるでしょうか?

[サ・メ・シミシス(僕を思い出すだろう)/ 1979年]
僕を思い出すだろう/覚えておくがいい/僕が去り、君が孤独を覚えても/今さら何を/もう遅い…
(*アルバム『サ・メ・シミシス』収録曲)

[クルサ・サナトゥ(死のドライヴ)/1988年]
土曜の夜は死のドライヴ/あなたの欲望を感じてる/あなたは汗にまみれて明かりを消す/私が果てる時…
(*女性歌手マリネッラのアルバム『トルモ(踏み出す勇気)』でのデュエット曲)

[ミ・フィギス、ミ(行かないで、お願い)/1977年]
行かないでくれ、お願いだから/涙とともに君に誓うよ/僕の過ちもこれが最後だと/行かないで、お願い…
(*アルバム『ミ・フィギス、ミ』収録曲)

[ティン・アガプサ・パラデホメ(あの女(ひと)を愛してた、それは確かさ)/1978年]
あの女(ひと)を愛してた/それは確かさ/もう一人の自分のように/でも今はもう昔/思い出しもしない…
(*アルバム『ナ・ヤティ・サガピサ(だって、君を愛してたから)』収録曲)

[ケ・サ・タ・ピオ(今夜もひとり酒)/2001年]
今夜もひとり、酒を呑み/酔いつぶれ家に戻る/そして服のまま眠り/目覚めてもひとり/苦い思いのまま…
(*アンドニス・レモスのライブCD『ミア・ニフタ・モノ(一夜限り)』収録曲。作詞作曲はパリオス)

(*「死のドライヴ」訳詞/『ギリシャ歌謡への誘い~ミノスのスターたち~』高久暁・対訳より引用)

 

永田 純子

永田 純子

GreeceJapan.com 代表。またギリシャ語で日本各地の名所を紹介する  IAPONIA.GR, 英語で日本を紹介する JAPANbyweb 、および 英語版ニュースのGreek.world の共同創設者。

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