【ギリシャ・音楽・歌】第9回:ヨルゴス・ダラーラス~ギリシャを代表する男性歌手(Video)

(文:永田純子)

70枚を超えるソロアルバム、100以上のアーティストのアルバムへの参加、50を超える45回転レコードの製作、音楽雑誌の付録などを含めたベスト盤は10以上、ヨーロッパ各国、アメリカ、イスラエルなどギリシャ国外でリリースされたアルバムは70作品以上、コンサート映像を収録したVHSやDVDといった映像作品は20あまり-。

しかし、これは1965年(昭和40年)15歳の時から現在まで、50年以上に渡って文字通りギリシャの歌謡界の第一線で活躍を続ける男性歌手ヨルゴス・ダラーラスの輝かしいキャリアの一部に過ぎません。

ヨルゴス・ダラーラスは1949年(昭和24年)9月29日ギリシャの港町ピレウスのコキニア生まれ。祖父はギリシャの伝統音楽のバイオリニスト、父ルカスもレベティカの歌手という音楽一家に生まれたダラーラスでしたが、家を空けることが多かった父ルカスに代わって幼い頃から学校に通いながら様々な職業を転々とし働く日々を送っていたといいます。

海を愛し、将来は船のエンジニアになることを夢見て職業学校に進んだダラーラスは1965年(昭和40年)15歳の時友人とともにバンドを組み、音楽活動をスタートさせます。その後1967年(昭和42年)に45回転の歌「Προσμονή(プロズモニ)」で初のレコーディングを行い、続く1969年(昭和44年)にギリシャ最大のレーベル・ミノス社から初のソロアルバム『ヨルゴス・ダラーラス』をリリース、歌手として本格的な活動を開始することになるのです。そしてこれ以降、彼とミノス社との関係は2005年まで、35年あまりに渡って続きました。

ダラーラスがデビューした当時のギリシャはまさに軍事政権のさ中にあり、彼自身も圧政からの解放を自由の象徴・ツバメに託して歌った「ああ、つばめよ(Αχ χελιδόνι μου/1971年)」といった今も歌い継がれる名曲をリリースしたほか、軍事政権崩壊後の1980年(昭和55年)には枢軸国による占領時代(1941‐1944年)に禁じられていたレベティカを集めたアルバム『レベティカ・ティス・カトヒス(占領下のレベティカ)』をリリースするなど、政治的なテーマについても積極的に取り上げています。

 

[ 青年時代のダラーラスが歌う「ああ、つばめよ」]

しかしダラーラスの真価は、その類まれな歌声と先見性にあるといえるでしょう。軍事政権下の暗い時代には「ああ、つばめよ」のような歌で時代の空気をすくい取り、自由な時代を迎えてからはいち早くゴラン・ブレゴビッチ、 アル・ディ・メオラ、パコ・デ・ルシアといった世界各国のあらゆるジャンルのアーティストとラテンやバルカンの歌にも挑戦。またスター歌手となって以降は、アレティ・ケティメに代表されるように才能ある若手を見出し自らのコンサートやアルバムに招いて歌わせることで、歌手としての成功を支援することにも力を注いでいます。

左:ペス・ト・ヤ・メナ(Spider Music)右:エロタス・イ・ティポタ(Minos Emi)

1969年の初ソロアルバムのリリース以降、ほぼ毎年絶えることなくアルバムリリースを続けて来たダラーラスですが、昨年2017年にはギリシャの有名女性歌手メリーナ・アスラニドゥを招いて『ペス・ト・ヤ・メナ』をリリースし、今年2018年2月には最新作『エロタス・イ・ティポタ』を古巣ミノス社からリリース。齢68歳を迎えても留まることを知らないその歩みは、これからもギリシャ歌謡界を力強くけん引していくことでしょう。

デビュー当時から現在までの数え切れないヒット曲が今もなお若い世代にまで歌い継がれている真のスター、ダラーラスの歌を日本で聴くことのできる機会が待たれるところです。

 

[ 2017年の同名アルバムからベテラン歌手エレニ・ヴィターリとのデュエット曲「ペス・ト・ヤ・メナ」]

 

永田 純子

永田 純子

GreeceJapan.com 代表。またギリシャ語で日本各地の名所を紹介する  IAPONIA.GR, 英語で日本を紹介する JAPANbyweb 、および 英語版ニュースのGreek.world の共同創設者。

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