GreeceJapan.com独占インタビュー:舞台女優マニア・パパディミトリウ‐板の上の人生‐

mania-papadimitriou1マニア・パパディミトリウはファンに追いかけられることがスターの証であるという現代のスター・システムから遠く離れ、ひたすら演技に自らを注ぎ込むギリシャ演劇界で今最も重要な女優のひとりだ。

ギリシャで最も有名なセアトロ・テフニ演技学校を首席で卒業し、ギリシャの誇る偉大な演出家であり、また同演技学校の教授カロロス・クーンの教え子として、これまでにギリシャ悲劇・喜劇から、ギリシャのみならず海外の現代劇まであらゆる役柄を演じており、また映画界でもアンゲロプロス監督作品への出演を始め数々の作品に出演している。

また女優としてだけでなく演出家としても知られており、ギリシャの詩人にして作詞家のニコス・ガッツォスに捧げた音楽劇「オ・グノストス・マス・アグノストス・キリオス・ガッツォス」は今もギリシャ中の劇場で上演され続けている。

そんなマニア・パパディミトリウが今回GreeceJapan.comを通じて、愛してやまない日本の読者に一人の女優として、また一人のギリシャ人として自らの思いを語ってくれた。


今回は、インタビューの申し出を受けてくださったことに感謝します。まず始めにお聞きしたいのですが、こうして日本の読者に向かってお話されるのは初めてでしょうか?

ええ、日本のみなさんとのインタビューに答えるのはこれが初めてです。こういう機会をいただけてとても嬉しいです。なぜなら日本は私たちギリシャ人にとって、忘れることのできない魅力にあふれた国ですから。

ギリシャの偉大な演劇界の巨匠たちは常に日本の作品と関わり続けてきました。もちろん私も、日本の優れた舞台芸術について多くの本を読んできましたが、これまでに私が読んだ本の中でも特筆すべきは、舞台芸術に関するギリシャで最も素晴らしく教科書的な本のひとつである笈田(おいだ)ヨシの『アオラトス・イソピオス(目に見えない俳優)』でしょう。この本の中で笈田は、どのようにして彼の舞台人生が日本から始まり、その後偉大な監督であるピーター・ブルックスとともにヨーロッパを旅したか(注1)について記しています。

ヨーロッパにおいて、私たちのような演劇人が日本の伝統を賞賛し、これを模倣しようと試み、またそこから学び取ろうとするものが何であるかと言えば、それは身体とその動きにおける鍛錬と簡潔さ、そして厳格さであり、そしてもちろん「演劇とは一つの儀式である」という感覚です。ヨーロッパ、そしてアメリカにおいて、今私が言ったものは私たちの伝統の中に存在しないものです。

これまでにあなたは「オレスティア」、「縛られたプロメテウス」、「蜂」、「福の神」、「トロイアの女たち」、「アンドロマケ」、「女の平和」といったギリシャ古典劇の様々な役を演じてきました。千年以上も前に書かれていながら、これほどまでに現代的であり、世界中至るところで今もなお演じ続けられている作品の数々を演じるということを、一人の女優としてどのように感じられていますか?

そうですね、おそらく私たちを東洋的なものにより近づけるものの一つが、これら古典悲劇と喜劇ではないでしょうか。このことについて語る時、私は偉大な師であるギリシャ演劇界の巨匠カロロス・クーン(注2)を思い出します。

日本の俳優・平幹二朗(ひら・みきじろう)がリカビトスでエウリピデスの「王女メディア」を演じた時、私たちはこぞって彼の「メディア」を観に行きましたが、みな日本の俳優の演技、演出、それだけでなくコロスにも深く感銘を受けました。
1982年にアイスキュロス作の「オレスティア」を一緒に演じた時には、彼はリハーサルで私たちに、コロス全体が一つの身体のように動かなければならないということが何を意味するかを、そしてそれがどのように日本の演劇の中に存在するかということを教えてくれたのです。「オレスティア」でギリシア軍総大将アガメムノンの妻クリュタイムネストラを演じたギリシャ人女優マヤ・リベロプールは、幹二朗がイアソンを誘惑しようとする時はいつもその声の調子を変化させ、その後コロスに向かって話しかける時は全く別人のように変わるという彼の演じ方に心から感銘を受けていましたね。

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アリストパネス作「福の神」より。

私は悲劇がとても好きです。それは悲劇がある種の音楽であるからですが、言葉にはそもそも音楽性があるという点もとても気に入っています。言葉が音楽のように変化することに成功したその時、どんな言葉を聞いたとしても-言葉の意味が分かろうが、分からなかろうが-それを聞き、味わうことができるはずです。ある時には、その言葉の意味するところが理解できていると思うこともあるのではないでしょうか。

古典喜劇の中だけでなく悲劇の中でも、私が愛してやまないのが仮面です。私は仮面を着けて演じるのが好きです。自分自身が開放されるように感じますから。しかし大部分の俳優は仮面を好みません。なぜなら、一目見ただけで観客たちに自分が誰なのか分かった方がいいと考えているからです。私はそれがいいとは思いません。仮面に隠された中から覗く密やかな魔力の方に魅力を感じます。

あなたは古典劇だけでなくギリシャ現代劇でも多くの役を演じられていますが、ギリシャの現代劇と古典劇との間にどのような接点があると思われますか?

私の意見では、ギリシャの現代劇と古典劇は、サミュエル・ベケット(注3)で繋がっているのではないかと思います。私が思うに、ベケットだけが何かを模倣することなく、物語と物語との間にひとつの橋を架けるかのように描くことができたのではないでしょうか。
ベケットの作品では、悲劇も喜劇も、時として笑っていいのか泣いていいのか分からなくなることがあるように、お互いにそれほどかけ離れたものではありません。だからこそ、彼の作品はあれほど力強いのです!

2002年の第43回テサロニキ国際映画祭で主演女優賞を獲得された(注4)ことでもわかるように、あなたは演劇界だけでなく映画界でも活躍されていますが、劇場の「板の上」と映画のセットの中とでは、どちらがより自分自身でいられると感じられますか?

私が自分自身でいられると感じられるのは劇場です。劇場だけと言ってもいいでしょう。

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マルガリータ・マンダ監督の映画「フリソスコニ(Gold Dust)」より。

いっぽう、映画におけるクローズアップの手法は私をとても不安にさせます。なぜなら映画のカメラにとって、私の顔は「撮りやすい」ものではないですから。私の顔の骨はちょっと変わっていて、カメラのレンズの前ではあっちの角を気にしたり、こっちの角を気にしたりと気をつけなければいけません。劇場では、もっと自由にふるまえます。

あなたは、日本でも著名なギリシャの誇る世界的映画監督アンゲロプロス氏とも、映画「ユリシーズのまなざし」の主人公『A』の母親役でお仕事されていますね。アンゲロプロス監督とのお仕事についてお話しいただけますか。きっと素晴らしい体験をされたことと思います。

ああ!そうです、アンゲロプロス監督との仕事はとても素晴らしい経験でした。彼の映画にはクローズアップがなくて、まるで劇場で演じた時のようでした!とても衝撃的な経験でした。そう、撮影だけでなく、撮影旅行のすべてが衝撃的でしたね。

映画を見てもらえばわかるように、私たちはユーゴスラビア内戦時代のバルカン地方を旅しました。私は今までに2回ルーマニアに行き、ブカレスト、コンスタンツァ、ブライラを訪れたことがありますが、アンゲロプロス監督との撮影の時はまさにルーマニアでも共産党政権が崩壊した時で、何もかもが埃にまみれていたことを覚えています。人々はみな貧しくて…それでもその時私たちの財布にはドルもマルクも入っていました。

当時のルーマニアでは、小さな牛乳のパック一つ、それに私が吸っていたウインストンの煙草一箱が約一月分の月給にあたる値段だったことを覚えています。そんな中、撮影のためにある家の中に入った時、人々があまりにも貧しい生活を送っているのに、私たちときたら何て服を着ているのだろう!と恥ずかしく思ったことを思い出します。

でも今は、同じ風景がギリシャで見られるようになりました。いいえ、あの時よりもっとひどい状態で!この時ルーマニアで見たものすべては、私たちを強く押しつぶしました。このことについてそれは多くを語りあいましたが、今は私たちが同じような状況の中で暮らしているのです。

時折、アンゲロプロス監督が亡くなった時のことを考えることがあります。もちろん、とても悲劇的な最後であったことは間違いありませんが、その雄大な映像が印象的な映画の詩人・アンゲロプロスが小さなセメントの排水溝の中で亡くなったということ…。彼の死は、まるで私たちの国、ギリシャの崩壊の始まりを象徴しているかのようではないか。彼の死を知った時、私はそう感じました。

演劇で、そして映画でこれまで演じてこられた役の中で、どの役が一番気に入っておられますか。また、どの役が最もあなた自身に近いと思われますか?

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「トロイアの女」よりアンドロマケ役。

特に気に入っている役はブリジット・ジャーク=ヴァジュマン作「エルヴィール・ジュヴェ40」のクラウディア・エルビラです。この役のほかでは、ベルトルト・ブレヒト作「セツアンの善人」の貧しい娼婦シェン・テ、そして彼女の扮する架空の従兄弟で冷酷無比な青年実業家シュイ・タでしょうか。そして最後に、私がギリシャのコトプリ賞(注5)で主演女優賞を獲得したB.カツィコヌリス作/ニコス・マストラキス監督の「ガラ(牛乳)」(2005年/エスニコ・セアトロ)の母親リナ役ですね。

そして古典劇から選ぶなら、エヴリピディスの悲劇「トロイアの女たち」を2001年にアンドニス・アンディパス監督、エレニ・カラインドルー作曲で上演した時に演じたアンドロマケ役でしょうか。

あなたの意見では、未来に向け誰かが演じ続けていくべきと考える現代ギリシャ演劇でもっとも重要な作品は何であると思われますか?

私にとってそれはディミトリス・ケハイディス(注6)とルーラ・アナグノスタキ(注7)の作品すべてです。他にも、ヨルゴス・セバスティコグル(注8)やヨルゴス・ディアレグメノス(注9)の作品をあげたいと思います。そして、忘れてはならないのがクセニア・カロゲロプール(注10)の児童向け作品でしょう。

ここ最近はどんな作品に携わっておられますか。また、あなたの将来の計画についてお聞かせください。

現在、ピアニストと私の二人で「アス・シミスメ・ホリス・ノスタルギア(郷愁なき思い出)」と題したミュージカル作品を上演しているところです。

ノスタルジー、郷愁という言葉はオデュッセイアの「ノストス」という言葉から出たものです。私たちギリシャ人はこの言葉とともに成長することを学びます。私たちは数えきれないほど、様々なものに郷愁を感じるのですが、それは私たちの両親たちがノスタルジーを感じた何かが、私たちにも影響を与えるからなのです。

たとえば歌を聴いた時、私たちの両親、そして祖父母たちは過去を思い出し涙しますが、その時私たちも、彼らに何かを思い出させるもの、涙を誘うものについて思いを馳せ、同じように涙するのです。これは時としてとても辛い体験でもあります。なぜなら笑おうとするより前に、嘆き悲しむことを思い知らされるからです。

今まさに私たちに起きているように、あらゆる困難が降りかかる時には、頭は混乱し、決して誰も見出すことのできない「正解」というものに人を沈めてしまいます。だからこそ私は、自分自身の「正解」を見つけ出すためにこの作品を演じ続けているのです。

私はこのミュージカル作品の台本を書く際、誰もがよく知る歌や、偉大な詩人の知られざる言葉を織り交ぜつつ、今まさに経済危機に打ちのめされている世代について、つまり40代以上の世代について語っているのですが、そういった世代の観客だけでなく、もっと若い世代、彼ら40代を両親にもつ若い世代の観客もこの作品を気に入ってくれているようです。

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音楽劇「オ・グノストス・マス・アグノストス・キリオス・ガッツォス」より。マニアは演出・脚本・主演を務めている。

それでは最後に、世界中が注目するギリシャの経済危機についてお尋ねしたいと思います。現在の状況について楽観視されていますか?今後数年のうちに状況が好転するだろうと考えておられるのでしょうか?

残念ながら私は楽観的ではありません。政治家たちはことさら改革と言いますが、私にはただ皆が貧しくなっているだけでなく、税金だけがさらに重くのしかかっているようにしか見えません。

私たちに湧き起こっているのは、どうすることもできず、自分自身の権利さえ何一つ持つことも出来ないだろうという、ある奇妙な包囲網の中に生きているという感覚です。月にたった400ユーロを得るために働きどおし、明日をも知れぬ仕事のために朝から晩まで走りまわる。それでも人は私たちのことを泥棒だと言うのですから。今この時、富を得ている者がいるのかも知れませんが、ギリシャ人の大部分は日々大変な苦労を味わい、さらに困窮しているのです。

始めのうち、私はこの危機が何か良い側面をもたらすこともあるのでは、と信じていました。例えば、もっと創造的な職業の必要性が増すのではないかと、また今まで闇雲に利益の追求ばかりを求めていた者が持たざる者を助けるようになるのではと、そう思っていたのです。しかしどうでしょう、残念ながら、今のところそれとは程遠い状況です。今は、ギリシャの作詞家ニコス・ガッツォスがマノス・ハジダキス作曲の歌「ケマル」に書き残したように、「…この世界は決して変わらない」と思うようになりました。

それでも、そんな状況の中でも私は、私たち一人ひとりが正しいと信ずることを行うだろうと信じています。目を閉じず、真実を見出そうと試み続けることにこそ意味があるのです。

もし、私たち皆が目を閉じず、真実を見出そうと試み続け、正しいと信ずることを行ったなら、もしかしたら、何かが変わるのかも知れません。そうだとしても、それは限りなくゆっくりとした変化であるでしょう。そう、私たちがその時を見ることが出来ないかも知れないほど、後のことかも知れませんけれども…。

●インタビュー:GreeceJapan.com/永田純子

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注1/笈田は1968年P.ブルックス演出の舞台「テンペスト」に出演。

注2/(1908 – 1987)ギリシャ最高の演劇人。自らの劇団「セアトロ・テフニ・カロロス・クーン」を1942年に立ち上げ、以降ギリシャ演劇界の発展に力を尽くした。劇団の演技学校は彼女を含めこれまで多くの優れた俳優を輩出している。

注3/(1906‐1989):フランスの劇作家。1969年にはノーベル文学賞を受賞。代表作は「ゴドーを待ちながら(En attendant Godot)」等。

注4/2002年第43回テサロニキ国際映画祭で、マニアは映画「Θα το Μετανιώσεις(あなたは後悔するでしょう)」で演じたマリア(マラキ)役で主演女優賞を受賞。この年のテサロニキで、この映画は他にも最優秀映画賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、助演女優賞を受賞した。

注5/ギリシャの偉大な女優マリカ・コトプリ(1887‐1954)の名を冠した賞。演劇界で顕著な功績をあげた俳優に与えられる賞で、映画「日曜はダメよ」に主演したメリーナ・メルクーリも受賞している。

注6/(1933-2005):ギリシャ・トリカラ生まれ。アテネ大学法学部で学んだ後、1958年にセアトロ・テフニ・カロロス・クーンで上演された二つの一幕劇で劇作家としてデビュー。現代ギリシャ演劇で最も重要な劇作家のひとり。

注7/ギリシャ・テサロニキ生まれ。1965年セアトロ・テフニ・カロロス・クーンで上演された「ポリ」三部作でデビュー。

注8/(1913 – 1991):アテネ大学法学部で学ぶ。アテネ・カレッジでカロロス・クーンの教え子として学び、クーンの劇団セアトロ・テフニ・カロロス・クーンの創立メンバーの一人。1942年クーンが監督したヨハン・アウグスト・ストリンドベリの「白鳥姫」の翻訳で演劇界にデビュー。外国作品のギリシャ語訳で知られる。

注9/1940年アテネ生まれ。俳優にして劇作家。セアトロ・テフニ・カロロス・クーンで学ぶ。自ら執筆・主演した劇作品「マナ・ミテラ・ママ」が有名。

注10/1936年アテネ生まれの女優にして劇作家。画家を母に持ち、ロンドンの王立演劇学校で学ぶ。多くの児童向け作品を執筆し、2001年にはコスタス‐エレニ・ウラニス財団の児童文学賞を受賞している。

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