GreeceJapan.com独占インタビュ-:レオニード・アニシモフ-スタニスラフスキー・システムの伝道師が再構築するギリシャ悲劇

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Photo: Junko Nagata/GreeceJapan.com

ロシアの演劇理論であるスタニスラフスキー・システムを日本に広めるため、2004年に自身が芸術監督・演出を務める劇団「東京ノーヴイ・レパートリーシアター」を立ち上げたレオニード・アニシモフ氏が今回作り上げるのは、ギリシャ悲劇を代表する作品であるソポクレスの「アンティゴネー」とエウリピデスの「メディア」だ。

ギリシャ悲劇の上演を通じて、アニシモフ氏と東京ノーヴィ・レパートリーシアターが目指すものは何なのか-。氏にお話を伺った。


聞き手 : 永田純子(Junko Nagata)

まず初めに劇団についてお伺いします。ロシアのスタニスラフスキー・システムを用いる劇団を、遠く離れた日本で立ち上げられた理由は何でしょうか。

(アニシモフ)
日本で、このスタニスラフスキー・システム、これをとにかく日本の方々に広めていきたいという目的がまずありました。ただ、このスタニスラフスキー・システムが本当にすごいものであるということを証明するためには、実際にそれを学んだ俳優が演じてみせなければいけない。そういうことから、まずは劇団を作らなくてはということで2004年東京ノーヴィ・レパートリーシアターを立ち上げることになりました。今は劇団とあわせて東京インターナショナル・スタニスラフスキー・アカデミーという、俳優の養成所を兼ねたアカデミーを運営しています。

私が広めようとしているスタニスラフスキーの芸術は「追体験芸術」という、今までの芸術とはまた違ったタイプの芸術です。この「追体験芸術」で一番重要なのは人間の精神性であり、これを舞台上で作り上げることを目的としています。
スタニスラフスキーの場合は、人間の内面の世界、つまり内面ではどのような暮らしを送っているのか、どのように生きていくのかということが最も大切になりますが、現代のほとんどの演劇というのは形が重要視されすぎていて、あまり生産性がなく、観客に実りのあるものを与えていないのでは、というのが私の意見です。エンターテイメント性、娯楽性はあるけれども、人の魂や精神に訴えかけるような、そんな芸術作品にはなっていないのではと。

ギリシャでも今、このスタニスラフスキー・システムが再注目されていますが、それは一度閉ざされた古代のギリシャ文化を復興するため、スタニスラフスキー・システムに頼ろうというひとつの動きの現れであろうと思います。
今回の舞台の会場である梅若能楽堂の梅若玄祥先生がギリシャに行かれて公演されているのも、やはり古代ギリシャ悲劇をもう一度復興しようと動きがあるからこその繋がりなのではと思います。スタニスラフスキー自身も、古代ギリシャの様々な文化から多くを取り入れているのです。

梅若玄祥先生はギリシャ悲劇を能で演じられましたが、日本の能と、スタニスラフスキー・システムの目指すものと、今ここで再現しようと試みられているギリシャ悲劇との間には、何らかの共通点があるのでしょうか。

(アニシモフ)
今言われたものの根本はすべて同じなのだと思います。木に例えると分かるかと思いますが、根っこは一緒だけれども枝が違うと。我々の前回の作品は「古事記」でしたが、これは日本の神話ですし、ギリシャ悲劇も神話ということで、根っこは繋がっているんですね。

現代の全人類が抱えている問題の、その根源を見つけなければいけないというのが私の意見ですが、その根源、原因というのが古代にあるのではないかと私は思っています。今の人類はとても悲劇的な時代を生きています。非常に奇妙で、恐ろしい時代に人類は突入していると言っていいでしょう。どの国も大変な不安の中にある。しかし、なぜ人類がそこに行き当たってしまったのか、その原因を探らなければなりません。今この現代に反映されているこの状況というのは、そこに繋がる古代の人たちの抱えていた魂の問題、精神の問題、犯した過ちといった理由が必ずあるのではと私は思います。その観点から古代ギリシャ悲劇を読んでみると、今に繋がる、この結果に繋がる原因が見えてくると思います。
今回は「アンティゴネー」と「メディア」を上演しますが、当時の古代ギリシャの男性優位の社会、そこにすべての状況に繋がる間違いがあったのではないかと私には思えるのです。

だからこそ、今、原点に戻ることに意味がある、ということですね。

(アニシモフ)
それに、古代ギリシャの文化と日本の文化を融合させるということは、今の時代にとても大切だと思います。東洋と西洋が融合することによって、素晴らしいものが生まれるような気がするからです。私はやはり、東洋と西洋の融合というものにほんの少しでも関わりたい、という気持ちでやっています。

困難な時代である現在であっても、ギリシャの演劇人たちは古代のギリシャ演劇を演じることをやめません。あるギリシャの女優は、演じることを通じて古代劇の中に今と変わらない何かを発見し、良いも悪いも含め、その変わらない何かを伝えることができるのではないかと思って演じ続けていると言っていますが。

(アニシモフ)
私は芝居に携わる人のことを英雄だと思っています。ロシアでは芸術を国がサポートしていますが、日本でもギリシャでも、その点はなかなか難しい状況であるのは確かです。しかし、どちらにせよ、日本でもギリシャでも、いずれ芸術が支援される時代が来ることでしょう。私はいつもこう考えているんですね、人間というのは、芸術を支援していくか、病院を増やしていくかしかないと。多くの人々の意識が病む中、芸術は本来人の意識を癒す役割を持っているのです。古代のギリシャでは演劇を含めた芸術が日常生活に溶け込んでいて、様々な政治的・社会的な問題が、演劇を通じて人々に問いかけられ、解決されて来た。つまりそこには真の民主主義があったのです。ですから、そういった意味からも、我々はギリシャ文化に学ばなければいけないのです。

今のギリシャに学んでもらっては困りますよね。

(アニシモフ)
古代のギリシャに、ですね。私はプラトンの哲学なども好きで勉強しましたが、古代ギリシャから学べることは沢山あります。

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日本にもギリシャの古代劇を愛好する方が少なくない中、今回「アンティゴネー」と「メディア」を上演される訳ですが、この2作品をどのように作り上げていきたいと考えておられますか。特に今回は能楽堂という日本の伝統芸術の舞台で、スタニスラフスキー・システムを通じて、ギリシャの古代悲劇を演じるというように、3つの異なる文化が一つの場所に会することになる訳ですが。

(アニシモフ)
これは、面白いと同時に非常に複雑な実験ですね。能を真似る訳ではないですから。
一番はやはり、英知が込められている古代ギリシャ悲劇作品の本質を観客の皆さんに提示したいと考えています。前回ギリシャを訪れた際、ギリシャ人からなぜメディアは子供を殺すのだろうか、という質問を受けましたが、これは言葉で説明できるものではなく、芝居をやって見せて、体感してもらわなければなりません。演劇芸術は音楽と一緒で、本来は言葉で説明するものではないからです。今回も、まさにその時のギリシャ人の問いかけにこたえられるように作品を作り上げています。

また、芸術において一番難しいのはやはり翻訳でしょう。今回上演する作品も、古代ギリシャ語で詩の形をとって書かれていますが、これを日本語で形になるように韻を踏んだり、リズムを持つように言葉を探したりするのがとても難しい。能には謡曲と独特のリズムがありますので、今回はこれを参考に取り入れたりもしています。
日本語の翻訳も読ませていただきましたが、どうしても文学的な翻訳が多い。日本語でどのように演じるか、そこが私たちにとって今回の作品で一番難しいところです。ですから、今回は私たちが日本語でどのように表現するのか、というところを見ていただくのも面白いかと思います。言葉一つとっても、ロシア語の翻訳で抱くイメージと、日本語の翻訳で抱くイメージは、同じ個所でも全く違う、という部分もあります。
言葉という困難はありますが、演劇でなら、人が内面で体感しているもの、内面からあふれ出るものがエネルギーで、振動で必ず相手に伝わります。そういった意味で演劇芸術というのは人の役に立つ、有益な芸術だと言えるでしょう。

敢えて今、現代劇ではなく古代ギリシャ演劇を観に行こうと思われる方は、まさに「根っこ」を探そうと、そこに何かがあると探しに行っているのだろうと思います。

(アニシモフ)
そういう方々に対して、私たちの作品を通じて何かを伝えることが出来たら嬉しいですね。機会があれば、是非私がお目にかかって、色々意見をお聞きしたいと思います。

今後の予定はお決まりでしょうか。

(アニシモフ)
実は、この後「源氏物語」をやりたいと思っています。ただ、今は活動が活発な時期で、今年9月にはモスクワで「古事記」を公演する予定です。これまでの上演でも好評をいただいていて、高千穂神社の後藤宮司にも招かれていますし、来年1月には北九州での公演も決まっています。
本当であれば、熊本で震災が起こる前に訪ねたかったのですが。何故かというと、この「古事記」は芝居というより、生きた曼荼羅として、儀式として作っていますので、そこに奉納したかったのです。私たちは今も毎月下北沢の劇場で、観客を入れずに儀式として演じ続けています。こうして「古事記」を演じることで、少しでも東京を救えるんじゃないか、日本を救えるんじゃないかという思いを込めて続けています。それに「古事記」を演じる時出てくるエネルギー、振動は他のものに比べるとまったく違うんです。
今回のギリシャ悲劇もそれに近づけて作り上げています。神話というのは、儀式でしか表現できませんから。

今日は興味深いお話をありがとうございました。それでは最後にGreeceJapan.comの読者に一言お願いします。

(アニシモフ)
私たちにとって一番いい観客というのは、子供の心で見てくださる方です。演劇というのは、観る時には無邪気な状態で、童心に帰ることがとても大切です。演劇芸術は頭で観てはだめです。心で受け止めなければいけません。そうすると、様々な芸術の謎が解けてきます。
私が劇場に行った時にとても気になるのは、日本の観客はどちらかというと頭で観る方が多いのではないかということです。ロシアだと、観客は心で観る人が多いように思います。観客になる、ということも、ある一つの文化でもありますから。その意味で、芝居を観に行く、観客になる、ということにも準備は必要ですね。

さらに、娯楽性ばかりも追い求めないで欲しいですね。ただ、一方で私が日本の観客で好ましいと思うのは、非常に注意深く、デリケートに観てくださるところです。ですから、その注意深さとデリケートさに、この無邪気さ、ナイーブ性というものを付け加えてくださったら、世界的に見ても最高の観客になるでしょう。演劇芸術は劇場に足を運ばないと始まりませんが、そういうことに慣れてらっしゃる方が少ないのが残念ですね。今回は優れた観客が集う梅若能楽堂という、素晴らしい場をご提供くださった玄祥先生に心から感謝しています。カタルシスという言葉は古代ギリシャから来ていますが、まさに「浄化」、これを今回の公演で起こしたいと思っています。

GreeceJapan.comにはギリシャ人の読者も多くいます。ギリシャの方々に向けて一言お願いします。

(アニシモフ)
ギリシャの方々には何よりも感謝したいと思っています。優れた数々の作品を後世に残した古代ギリシャ文化というものを作り上げた民族であることに敬意の念を抱くとともに、こういう優れた作品を残されたということに感謝したいと思っています。
私たちもその文化から学ばせていただくことがたくさんありますし、ギリシャの状況が困難な今、歴史的に見ても失ってしまったものが多くある、それを復興しようと大変な努力をされているのも勿論よく知っています。そういった意味からも、協力していけたらと思っています。共に力を尽くせば、何かが生まれてくると思っています。

ありがとうございました。

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